ひとつのことだけ極めるのはよくない

5月らしいさわやかな天気が数日続いています。

こんな天気だと皆風邪ひかないね。

窓開けて寝ても大して朝まで冷え込まないし・・・

 

日本大学のアメフトの試合での悪辣なレートタックルの事件が世間を騒がせています。

指示をしたとされる監督・コーチ陣が逃げ回っているのに対し、実行してしまった選手はマスコミの前に顔を出し真摯に謝罪会見を開いていました。相手方の選手・親にも謝りに行ったというし、こちらは立派な後処理でしたね。

 

レスリングの伊調薫選手のパワハラ問題のときもそうだったけど、独裁的に権力をもったスポーツ界の指導者たちはいざ逆風が吹いたとき何とも醜態をさらしますね。スポーツマンシップというのは職業的スポーツのレベルになると欺瞞になってしまうのはある程度理解できるけど、危機管理の仕方がなんとも情けない。

 

浦和レッズの山田直輝選手がベガルタ仙台との試合中に半ば故意的な危険タックルで膝の靱帯損傷の大けがを負ったときに、ひそかにガッツポーズしていた相手方の手倉森監督の姿を僕はずっと覚えています。何が日本代表のコーチだ!

 

スポーツの世界、特に日本ではひとつの種目を幼少期からひたすら極めて他のスポーツや学業・教養などの研鑽は犠牲にならざるを得ない環境にあります。アメリカでは高校生くらいまでは春はバスケット、夏は野球、秋はアメリカンフットボール、冬はアイスホッケーやスキーなどと指導者を変え季節ごとに異なる種目を楽しむことは普通に行われることです。ドイツではスポーツは地元のクラブに所属して同様に多種目を行うようです。多様性というのは多様な経験からしか生まれない。

 

単種目制限制は選手もそうだし指導者もそうです。そのなかでブロードスペクトラムな人間形成はなかなかできにくい。

 

甲子園を目指すために親元離れて野球留学することはごく普通に行われています。それはそれで理解できるのだけど、甲子園大会で宿舎で本業の勉学をしている高校生がまれに取材対処になりますが、これが話題となることに違和感を感じるのは僕だけでしょうか?

 

スポーツの世界だけでなく、それしかしてこなかった症候群は勉強の世界でも見られています。がり勉して東大法学部に入って、国家公務員試験を最優秀の試験で合格して財務省入りし、その中の出世コースのトップにある人(今では佐川元財務局長)が平気で国会で嘘をつく。彼の場合は瞳孔が開きまくった顔つきをしていたので交感神経は興奮しまくってたと思うけど。

 

梁瀬首相補佐官の加計学園問題での虚偽答弁もこの国のトップを形成する人として、なんとも情けない。嘘をつき通すことで将来のポストが保証されるんだろうけど、そんなことのためにずっと勉強してきたのかしら。

 

最大の情けないは安倍晋三君だけどね。確信犯的に嘘を言っているようだけど、ひょっとしたら都合悪いことは本当に忘れられる頭だったりして。もっとも彼の場合のそれしかしてこなかったのはニンテンドーのゲームだというのが彼を若いころから知る人たちの一般的な見解のようですが(苦笑)。

 

 

 

 


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