戸田の杜クリニック 院長&スタッフブログ

菅内閣の終焉

昨年9月に誕生した菅内閣ですが、最大の問題である新型コロナウィルスの感染流行の終息ができないまま暫定任期の1年で幕を閉じようとしています。 日本では法的に思い切ったロックダウン政策が取れないとか、ワクチン接種が欧米に比べて遅れてしまったとか、オリンピック開催に政権浮上の過度な期待をかけたためかえって感染蔓延の一因となってしまったとか敗因はいろいろありそうです。 ただし一貫して言えるのは専門家の発言

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発言

僕は若いころ結構なおしゃべりでした。 実家の家庭内では断トツに会話の中心でうるさいくらいでした。今でいうADHDの範疇であったのでしょうがないのかもしれませんが。 発言というものは後で引き起こされる事態から4つのパターンが想定されます。 1 発言してよかった。 2 言わなければよかった 3 言わなくてよかった 4 言っておけばよかった。 僕自身の人生経験からは2のパターンが圧倒的に多く、反省するこ

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新学期とラムダ株のこと

COVID-19の感染拡大が止まりません。 ここのところ東京都では連日5千人台だし、全国でも2万5千人超えの状態です。 デルタ株の感染力は従来の感染対策では対応困難なようです。 そんな中、オリンピック開会式当日にペルーから来日した関係者からデルタ株以上の脅威とされるラムダ株が検出され、しかもその公表をオリンピック閉幕まで隠ぺいしていたことが明るみに出ました。 普通ならその時点でオリンピック中止だと

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爆発的感染拡大

東京オリンピックは連日の日本選手の活躍もあり盛況のまま終盤を迎えています。 一方、当初から懸念していた通りにCOVID-19は爆発的流行を起こし、今週は病床ひっ迫回避のため中等症患者への入院制限が新たに発表される事態となっています。 1日当たりの新規感染者数は東京都では5000人超え、神奈川県で2000人超え、埼玉県・千葉県でも1000人超えという恐ろしい数字になっています。 医療関係は僕を含め、

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感動する日々、それでもオリンピックは反対です!

オリンピックは開幕して5日ほどたち、連日日本選手の活躍に夜更かしも忘れて感動しています。卓球男女複合の準々決勝での対ドイツ戦での奇跡の大逆転や決勝での中国の絶対王者ペアを破っての五輪初の卓球金メダルの場面は大興奮でした。 日頃注目を浴びることの少ない、スケートボードやサーフィンなどの新種目で日本勢がメダルを量産していることも、彼らのアピールになって好ましいことに思えます。 しかし緊急事態宣言下で開

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祝 還暦!

還暦を迎えました。 誰でも思うことだろうけど、辿り着いてみればこんなものか、という感じですね。 今の世の中では60歳なんてまだまだ中堅の上の方の年齢層ですからね。 仕事してから相当心身とも酷使してきたことは事実で、特に身体の方にガタがきています。手首から先の両手のほとんどの関節が痛いので、キーボード打つのもなるべくその時痛くない指を使っているため不自由この上ない。注射打つのもここ2年は全部左手です

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オリンピックが始まろうとしている

7月19日の朝現在で東京は5日連続の1000人超の新規コロナ感染者数となっているなかであと4日でオリンピックが始まろうとしています。 結局、コロナと戦って抑え込み人類の叡智をたたえるとともに、安心・安全な大会を開催する、というのはただの政治家の希望的目標であったに過ぎなくなってしまいました。 諸産業で倒産の危機が相次ぐ中でのお祭りはなんともちぐはぐですね。予定通り開催となると電通とマスコミだけは儲

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クリニックのBGM

皆さんご存知のように、戸田の杜クリニックでは常に音楽が鳴っています。 開院から10年間は僕が持っている好みの曲をクラッシック中心に流していました。年末のホリデーシーズンはクリスマス関連の曲にしてクラシック、ジャズ、日本の曲を問わずかけます。 最近は趣向を変えてメディアも利用していろいろなパターンで流しています。 大原則は月曜・バッハ、火曜・ベートーベン、水曜・モーツァルト、木曜・祝日午前・ジャズ、

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緊急事態宣言下でのオリンピック決定

今年の梅雨は毎日しっかり降ります。九州をはじめ各所で記録的豪雨のための被害が出ているようです。TVで数十年に一度の規模の降雨量ですといっていたけど、ここのところ毎年数十年に一度規模の大雨被害が出ているように思います。 インド株の影響による4度目の緊急事態宣言が東京に出て、東京オリンピックは首都圏では無観客での開催になりました。僕はひそかにさいたまアリーナでのバスケットボールの準々決勝戦が当たってい

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死を受け入れるための涙

以前何度か書いたことですが、僕の母は24年前、父と一緒にアメリカ旅行をしていた際にワシントン国際空港で倒れ、心肺蘇生後救急搬送され結局そのまま亡くなりました。 当時神奈川県立こども医療センターでこどもの心臓外科医であった僕は、連絡のあったその時は兵庫県伊丹市での日本小児外科学会での発表のため会場にいました。父からの国際電話で状況を聞き、「このままだめかもしれない」という父の言葉に学会をキャンセルし

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