戸田の杜クリニック 院長&スタッフブログ

塾のこと

記録的な暖冬です。この冬は雪が積もらずに終わるかも。東京の桜の開花予想は3月15日だって。入学式じゃなくて卒業式の時期じゃない!

前にも言ったことがありますが僕は塾とか予備校に行ったことがありません。

なぜなら行動範囲に塾や予備校がなかったから。

大学に入ったとき、そのような存在は40年前の当時でも珍しがられました。「どんだけ田舎に住んでたんだよ!」

一応バスも1日3回は通ってたんだけど、今では廃線となり中学校も廃校となっています。

僕自身は塾に行っていたら、18歳時点での受験上の学力はずっと上がったかもしれないけど、行かないで大学に入れてよかったと思っています。

塾や予備校は現在では子供の学力向上には不可欠とされています。確かに、出された問題の解答に迷いなく辿り着くには彼らはプロの教え手なので最適です。受験にも最短で効率の良い道にはなるのでしょう。

学習において、自分で迷いながら答にたどりついたときの成功感や自分で問題を見つけ出すという能動的な姿勢を育てるということは最適解を最短時間で導き出すことと同様に、いやそれ以上に大事なことではないかと思います。

そんな悠長なことを言って受験戦争で後れを取ったり、志望校に行けなかったりしたら一生台無しじゃない! という意見があるのはわかります。しかし、激動の現代でたかが18歳前後の入試問題に対しての解答能力の優劣が一生を支配するなどというのはアンシャンレジーム的な思考でしょう。

僕がよくお話をする各界のリーダーたちはほぼ口をそろえて「大学名なんて関係ないよ、大事なのは総合的な人間力だよ。日常生活で挨拶もまともにできないような若者は採用しないよ」と宣います。

人間力には体力や、共感力、包容力、想像力、統率力、許容力、忍耐力、人気力など様々な指標があります。決して18歳時点で決定されるべき力ではありません。

AIが今以上に発達すると、現在の学習というものが根本的に変わる可能性があります。例えば英会話などは今でもポケトークなどで世界中のほとんどの言語で発音付きの筆談ができ、コミュニケーションにはほぼ不自由しません。あと数年で同時通訳もそのレベルになるだろうといわれています。そういう中で英語を学ぶ意味は圧倒的に少なくなることが予想されます。歴史の年号とか、漢字の筆順とかも暗記する意味がなくなりそうです。いまスマホで対応できる技術は、そう遠くない未来に眼鏡型のデバイスに組み込まれ、最終的にはチップは皮下に埋め込まれることになります。
その時に求められるのは記憶力ではなく、やはり人間力ではないでしょうか。AIは与えられた問題を解決する能力は優れているけれど、自分で問題点を見つけたり、、新しいメニューを考えだしたり相手に共感したりすることはプログラムされていない限り人間には敵いません。

受験塾や予備校では培われない能力をいかに伸ばすかは、家庭内の問題であり社会全体での問題ですね。